誰かがお腹を切っちゃったって。  「カレーライス」と「水曜午後のピクニック」

      
ユリイカ買ったんすよ。最近。特集が「マンガ批評の最前線」だったからこりゃオタオタを目指す私としては買わなしゃーないやろ、ということで。まだパラパラとしか読んでないんですけど、内容濃いいです。売り切れの書店も出てきてるみたい。萌えを現代思想で読み解くオレってかっこいい〜という知識人ぶりたいオタクとか、あずまきよひこのインタビュー載ってるから見なくちゃという真性オタとか、URASAWAのインタビュー目当てのパンピーやらが買って行くと見ました。私は一番目に分類されます。

それでその浦澤直樹のインタビューなんですけど、「20世紀少年」の主人公ケンヂは遠藤賢司っていう歌手がモデルなんですね。初めて知りました。インタビュアーの宮本大人

 ………『MONSTER』も『20世紀少年』にしろ、少年の心を忘れない大人なんてヤバイよね、本気でそれをやっちゃったらたいへんだよね、というのがあるわけですね。『20世紀少年』の主人公は遠藤ケンヂっていうじゃないですか。遠藤賢司から来てますよね。で、カレーライスの唄を歌う。遠藤賢司の『カレーライス』ってそういう距離感で、あれは三島由紀夫の自殺をテレビで見ながら、でも隣で彼女がカレー作ってくれてる方がいいよねふふーんっていう歌ですよね。(「ユリイカ 詩と批評」(青土社)2006年1月号 特集「マンガ批評の最前線」)

なんて言うから気になってさっそく遠藤賢司調べましたよ、ネットで。エンケンってゆうのね、なんとなく、知ってるような知らないような。それで、そのエンケンの「カレーライス」の歌詞がこちらです。


カレーライス  作詞・作曲・歌 遠藤賢司


君も猫も僕も
みんな好きだよ カレーライスが
君はトントン じゃがいもにんじん切って
涙を浮かべて たまねぎを切って
バカだな バカだな ついでに自分の手も切って
僕は座ってギターを弾いてるよ
カレーライス

猫はうるさくつきまとって
私にもはやくくれニャァーって
うーん とってもいい匂いだな
僕は寝転んでテレビを見てる
誰かがお腹を切っちゃったって
うーん とっても痛いだろうにねえ
カレーライス

君と猫はちょっと甘いのが好きで
僕はうんと辛いのが好き
カレーライス            fromお天道様は許しても


歌詞の中の、お腹を切っちゃった誰かってのが三島由紀夫です。三島ってほんと嫌われてるよな。それでですね、また村上春樹?と思われる方もいると思いますが、私の中では三島と村上はセットなの。ツートップなの。村上春樹の「羊をめぐる冒険」の1章は、「水曜の午後のピクニック」という題でしてね、

 我々は林を抜けてICUのキャンパスまで歩き、いつものようにラウンジに座ってホットドックをかじった。午後の二時で、ラウンジのテレビには三島由紀夫の姿が何度も何度も繰り返し映し出されていた。ヴォリュームが故障していたせいで、音声は殆ど聞き取れなかったが、どちらにしてもそれは我々にはどうでもいいことだった。我々はホットドックを食べてしまうと、もう一杯ずつコーヒーを飲んだ。……

この三島に対する距離感、突き放しっぷりが二人ともよく似ています。「カレーライス」のほうは72年なので、直接とは言わなくても、その時代の空気に村上が影響を受けたようです。私って、三島好きじゃないのになんか気になるんですよね〜。むしろ嫌いなのに気になっちゃうア・イ・ツなんです。でも不思議ですね。どうして三島は歌や小説や映画で、こうやって何度も、何度も何度も殺されなきゃならないんだろう。三島って馬鹿じゃね?はは〜んと歌うってことは、実は三島を意識していることに他ならない。意識に上がってくるからこそ、三島を否定しなきゃならない必要に駆られてる気がします。

70年代急速に私たちの前からフェードアウトしていく社会と、それを支えてきた価値観。三島の死はその衰退に抗うものでした(トンデモな方法で)。そして三島の死後に明らかになっていく、メインカルチャーの失墜とサブカルの隆盛。私みたいなサブカルっ子は、どうしたって三島を否定しなければならない。でも私も三島のように、正義対悪の分かりやすい世界で「いいほう」に立ちたい、そういう世界にずっぽりとはまっていたいという欲望を持ち続けています。だから三島嫌いって私は言い続けなきゃいけないの。現代は、ポストモダンポストモダンだって言っているけれど、民主主義、資本主義が続く限り三島のような欲望は消えることはないし、そうするとまた何度も繰り返し三島由紀夫は殺されなきゃならないのです。ケンヂの敵「ともだち」って、三島の亡霊だったのかもしれません。


浦澤直樹と村上春樹がこんなところで根っこがつながっているとは思いませんでした。でもよく考えるとお互い日本の文学とマンガを背負って立ってるのだし、おのずと問題意識が似てくるのかも。



参考
遠藤賢司公式ホームページ
遠藤賢司‐Wikipedia