シロツメクサの花かんむり よしながふみ「愛すべき娘たち」第4話

NANA」はまだ読んでいません。あんな十何巻も出てるの急には無理。というわけで今回は私が一番好きな漫画です。

愛すべき娘たち (Jets comics)

愛すべき娘たち (Jets comics)

 オムニバス形式の話なのですが、ある母とその娘を軸にしながらも、さまざまな女性の人間関係、心の動きを描いた傑作。平成16年度文化庁メディア芸術祭、審査委員会推薦作品にも選ばれてます。(のだめもNANAも選ばれてるけどさ)なかでも私が好きなのは、今を生きる女性たちをリアルに描いた第4話です。いや、ほんとにいいよ!

 第4話は、「愛すべき娘達」の主人公如月雪子が中学時代に将来の仕事や結婚について話し合った、牧村と佐伯のふたりの女性の生きざまを追う形で進められています。

 佐伯の回想の中、校庭のシロツメクサをいじりながら、花の女子中学生が自分達の将来について語り合います。牧村は、
「男は家事だって育児だってみんな“お手伝い”感覚だもの たとえ共稼ぎでもこっちが黙ってたら 男は絶対自分からは家事はやんないわよ」「結局女が闘うしかないんだよね 割食ってる方から文句言うしかないのよ でなきゃ家庭内の男女平等なんて成立しないよ」と最も戦闘性にあふれた、フェミニズムちっくな発言をします。

 一方の佐伯は「あたしはとにかく一生働いていければそれでいいや 自分の人生をなるべく自分で決めて生きていきたいと思ったら自分の食い扶持くらいは自分で稼がなきゃ」と、現代の女性の多く(私を含め)が共感するであろう言葉を口にし、そのために「そう考えるとやっぱり手がたく公務員がいいね 公務員なら一応女も男も賃金同じだしクビにはならないし」と言い、如月もそれに同調します。

 牧村はそれを“夢のない話”と切り捨てこう言います「あたしは絶対民間で定年まで勤め上げようと思ってる」「だって女にとってまだ働きづらい民間でがんばった方が後々の働く女の人のためになるでしょう」





 ところがその進歩的で革新的だった牧村が、佐伯が高校、大学、社会人と推移していくにつれて厳しい現実と妥協し、それに流され、はっきり言ってまぁ“ダメ女”になっていきます。

 普通科高校を中退し定時制に移った後、そこも中退し、大検を受けるといいながら結局受けない。またあれだけ進歩的だった彼女が付き合っている男性に尽くし、最後には結婚を迫ろうとさえするのです。牧村の言葉からは、牧村の重ねていった敗北と、将来の夢との妥協の歴史がうかがえます。

「あたし編集者になりたいんだ」「家を出る 働いて自活するよ」
「や でも定時制に移るけど学校は続けるよ」「勉強はどこでもできるよ」
「(出版社は)あーあれはもうとっくに辞めたんだ 職場に超――やな女がいてさー このあたしがそいつのせいで体調崩したのよ?」
「あたしも大検受けて絶対大学行くから」
「実はね あたし今小説書いているんだ」「やだ 何夢みたいな事言ってんのよ あたしもうガキじゃないしプロんなる程の才能は無いって自分でも分かってるわよ」
「あたし結婚したいな」「専業主婦になっちゃおうかな」「うちの親なんてあたしになんにもしてくれないわよ!!」



 牧村と会わなくなって十年近く、佐伯は地方公務員の採用試験に失敗し、今は小さな出版社に派遣社員として勤めています。そして同僚とのふとした会話の中で、過去の牧村の言葉から彼女が父親から性的虐待に遭っていたことに気づくのです。牧村の衰退は、父親からの虐待が原因であると思うのですが、佐伯も担当作家から「今度からはあとほんの少しカワイイ子に取りに来させろ」と言われ、性差別から決して無縁ではありません。

 そして連絡を取り、久しぶりに会った牧村は、前付き合っていた人とは別の男性と結婚し、家庭に入っていました。「昔はいろいろ偉そうな事言ったけど やっぱりあたし外で働くのは向いてないわ」とサラリと過去を、過去の自分の理想を否定し、それでも幸せになろうとすっかり“尽くす女”となった牧村。佐伯はそんな牧村の姿に、ありえたかもしれない自分の敗北した姿と、幸福を手に入れた姿を見て、
「これで良かったんだ」「きっとこれで良かったんだ…」と言い聞かせ家路に着きます。

 フェミニズム運動の困難は、フェミニズムが救おうとした、当の女性側から同意が得られないことにあります。なぜかというと、ブスのヒステリーとレッテルばりされるフェミニストとなって社会の差別と戦うよりも、さっさと世間の望むモテ女となって男性側から認められたほうが、自己実現への道としては早いからです。ま、そりゃそうですね。「髪の毛切ったんだねですって?わーひどいふられたのとでも言いたいんですか部長セクハラですこういう女性差別的発言がなくならない限り男性と女性の搾取的関係の構造は…」とうるさくわめきたてるドブスのジミータより、職場の花の、仕事も恋も全力疾走な艶女アデージョ)のほうがいいに決まってます。それにモテ女に徹すれば、いつか艶男アデオス)をゲットしてパンパカパーン♪結婚というゴールにたどり着くことも可能なのです。そういう生き方を私はとても出来ませんが、否定するつもりは全くありません。あと、自分の母親を見てきて専業主婦は専業主婦なりの苦労があることも知っています。20歳そこそこの小娘が、誰のどのような生き方を批判できるんでしょう。むしろほんとえらいなぁ…と思う。いや、というかだいたい私がフェミニズム的発言をしたらただのブスのヒステリーなので言いません。言うもんか。言うかボケぇ!

 ↑こんなこと書いといてアレですが、私もちやほやされて(そんなことはないが)、さっさと幸せになりたいですよ出来るもんなら。ワールドワイドウェブで全世界の男性によろしくプリーズです。

 私は女でなんだかなぁとずっと思っていましたが、かといって最近はそうでもないのですよ。卒論のためオタクカルチャーにやたらと詳しくなってから、今の時代普通の男の子のほうがよっぽど生きにくい社会だと分かったからです。だって女子高生のなんて楽しそうなこと!おばさんたちのヨン様にかけるあのパワー!その間男の人たちは一体何をやっているのでしょうか?そうです。たぶん、普通の女の子が普通に幸せになることは、そんなに難しくない。能力のある人は、モテ女になりさえすれば社会進出できるし、アホでもかわいこぶりっこしてれば必ず結婚できる。女は結局、結婚して子供を生んで一人前という世の中ですが、非モテ女でも結婚しか選択肢がないということは逆に、非モテ女でも結婚という選択肢は残されているということなのです。しかし男性には初めから、結婚に逃げ込んで楽になるという道は閉ざされています。むしろ自分が女性の逃げ場所にならなければいけない。ひきこもりや自殺者には男性が多いというのも、男性側の生きにくさを表しています。あ〜よかった女で(しみじみ)。

 佐伯が家に帰ると、中学以来連絡をとっていなかった、如月からハガキが来たことが分かります。そのハガキには

「私は今市役所に勤めています 中学時代に話したように家庭内の男女平等は中々うまく行かないけれど それでも何とか仕事は辞めないでがんばってるよ」




「何とか仕事は辞めないでがんばってるよ」
 佐伯は、この一文に目を留めて涙を流します。


「本当は辛くて辞めてしまいたい仕事の事も先の見えない不安も一瞬忘れさせてくれる言葉だった」「あの時話したささやかな夢を かなえた事のできた友達がちゃんといてくれたんだ」








 もはや、共闘はできない。たとえ共感することはできても共闘はできない。

これは私の大好きな村上春樹がどっかで言っていたことばです。引用先は忘れました。誰か探して。ただ単に、「政治の時代」は終わったよね、全共闘なんて古いよね、っていう意味なのかもしれませんが、これは思ったよりすごい言葉なのではないですか。女性差別男性差別もおよそ社会のすべての歪みが、もっと私達に分かりにくい形へ姿を変え、私達を襲う。それに対し、決して共に闘うことは出来ないのです。さまざまな状況の女性がいます。結婚するのかしないのか、働くのか家に入るのか、子供を生むのか生まないのか、親と同居するか別居するか…。他者からの影響を大きく受けるにもかかわらず、その選択をするのは建前上ひとりの個人なのです。そういう錯綜した問題を抱えた社会のなかで、誰かとスクラムを組んで闘うことはもはやできない。結局は一人で、世界と対峙しなければいけない時代に来ていると思います。

 「何とか仕事は辞めないでがんばってるよ」その言葉は、佐伯のなつかしい記憶を呼び起こしました。中学生のとき、友達と語り合った将来の夢。牧村の凛々しさに憧れたこと。学校の庭、牧村にかぶせたシロツメクサの花かんむり。未来を夢見て、笑いあった少女三人。牧村のささやかな理想は結局、学校という守られた場所の、しかも校庭のシロツメクサの花のなかでしか語ることのできない理想でした。ただその理想は、彼女が“夢のない話”と切り捨てたもっとささやかな、小さな理想によってかろうじて叶えられています。自分と同じように現実に流されそうになりながら、小さな理想をなんとか守り抜いている友人がいたということ。そしてそのハガキの最後に、何の気もなしに書かれた「何とか仕事は辞めないでがんばってるよ」の一言。なんという弱い、ささやかなことば。しかし、それゆえ強い共感のことばとなるのです。

 作者は決して牧村のような生き方を否定するわけでも、如月を肯定するわけでもありません。ただ理想というものが現代において、どのように転倒し、どのように捨てられ、そしてどのように守られていくのか、ある種のリアリティを持って書きたかっただけなのだと思います。佐伯の流した涙は、それを確かにあらわしています。もはや、共に闘うことはできない。しかし、共感することはできるのです。



なんだか感想書くたびに文章長くなっている気がします。てか眠い…「愛すべき娘たち」は他の話もすばらしいですよ。今年の春から社会人として働く人、就活をがんばっている同級生に、ぜひとも読んで欲しい漫画です。




参考
女性差別−Wikipedia
男性差別−Wikipedia
女性差別と比べて、圧倒的に男性差別の記事のほうが詳しいです。両方とも同じ人、たぶん男性が編集したのだと思いますが、鬱積したルサンチマンほとばしる内容ですごいダウナーな気分になれちゃいます。男性の苦労が垣間見え…というかよく分かります。必見です。)